柄にもなく、ウィスキー好きな私。
たき火を前にして飲むウィスキーなんか、最高!
それをやりたいがために、わざわざkurongs(時々ここにコメントする実弟です)一家と待ち合わせて、たき火をしにいったりしたことがあります。
大学時代の同期に教えてもらってから、「シングルモルトウィスキー」の魅力にすっかりはまっている私は、あるきっかけから、ニッカウィスキー(本来は「ニッカウヰスキー」と記述するのが正解らしい(井戸の井の意味かな?)けど、入力が大変だからご了承いただくことにする)のメールマガジンを読むようになったんです。ウィスキー情報がいろいろ入っていて、毎回結構楽しみに読んでます。
ちなみに、ニッカウィスキーのサイトはこちら。http://www.nikka.com/index.html
昭和60年に早稲田ローバーの夏季プログラムで道南をふらふらした後、ニッカの余市工場に行き工場見学終了後の飲み放題コーナーでリンゴのウィスキー(う、名前を忘れた)をただでがぶ飲み、という経験もしている私としては、実はニッカウィスキーにかなり強い思い入れがあったりします。
そんな中、27日に届いたメールマガジンを読んでいたところ、なんと、下記のような記事を見つけてしまったのです。かなり興奮。早速「ブログに掲載していいですか?」と問い合わせたところ、快諾をいただいたので下記に掲載します。
ボーイスカウトが「地域の青少年育成」に役に立っているというとてもいい例だと思います。どこのボーイスカウトも、発団当初は地域での「熱い語り合い」から始まっているはずなんですよね。こんな「熱い語り合い」をできるような情報を提供をしっかり行うようにしていかないと、ボーイスカウトはやばい。こんな「熱い語り合い」をできるようこれからもニッカウィスキーさんにもご協力をお願いしたいところです。
こういう形で紹介していただけるのがとてもうれしいです。ニッカウィスキーさん、ご紹介ありがとうございました。
(掲載許可条件として、「掲載したことを報告する」となっているので、きっと見てくれているはず。コメントしてくれるに違いない。(いや強制になると申し訳ないので、勝手な期待と言うことで。))
出典は「NIKKA倶楽部メールマガジン ◎◎ From the Barrel ◎◎ Vol.54 (06/11/27)」から。
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【竹鶴 威 の回想録】 『ニッカウヰスキーと私』<53>
――――――――――――――――――――――――――――――――――昭和36年、札幌には既に一般のお客様方によるニッカ愛好の会「ニッカ
会」があったが、創業の地である余市にニッカを応援する会がないのは
おかしいという話が町有志の間で持ち上がり、集まって会をつくること
になった。余市駅前十字街、現在の黒川町に駅前郵便局があり、当時の局長が発起
人となって発足。札幌と同じ「ニッカ会」にはせず、新鮮味を加えよう
と“の”の字を入れて「ニッカの会」と決めた。会員の資格は首長会の
関連で“長”の肩書きがあることが唯一の条件。発足時の会員数は20数
名程度であった。会員はひたすらニッカを愛し、ニッカウヰスキーを飲んで楽しめば良い、
ということで会を開いても堅苦しい挨拶は無し。自分の時間に合わせて
自由に出席できるという気軽なものであった。偶数月に開催され、開始
時間は午後6時。当時の会費は500円で、ヒットしていた『ハイニッカ』
(1本500円)を飲んだ。駅前の「祗園」という余市では指折りの料亭が
会場であったが(現在はない)、女将の心意気があったのだろう、料理
も出てひとり500円は当時としても格安の料金であった。昭和62年8月にはJR余市駅長の発案で岩手の会「G&G会」と共催し、
札幌「うすけぼー」行きの列車を運行させたり、翌63年には宮城峡蒸溜
所、青函博、秋保温泉、小牧温泉などを巡る旅行も催された。「ニッカの会」では「余市をより良い街にするにはどうしたら良いか」
「子供たちの教育のあり方はどうか」など四方山話に花が咲き、それが
きっかけとなって「余市ボーイスカウト」(現在休団中)が創団される
ことになった。ボーイスカウトの発祥の地はイギリスで、軍人であり作
家でもあるロバート・ベーデン=パウエルが、1907年にイギリスのブラ
ウンシー島で子供達を集めて実験的にキャンプを行なったのが始まりで
ある。彼の著書「スカウティング・フォア・ボーイズ」が子供達の間で
読まれ、ボーイスカウト活動はイギリス国内ばかりでなく世界に広がっ
ていったのである。最初に発言したのが私ということもあり、団委員を引き受けることになっ
た。指導員は自営業者やお寺の若い僧侶、神社の神主など比較的時間が
自由になる人達が引き受けてくれた。キャンプボーイスカウトの団員は
ハイキングやキャンプを通して、自然を大切にすること、仲間を大切に
することを学ぶ。私も参加したことがあったが、大人と子供が一緒になっ
てテントを張り、お互い協力し合うのはとても良い教育になると思った。
中でも印象に残った言葉が「お世話になった場所に感謝を残しても良い
が、塵を残してはいけない」というものであった。キャンプを行なった
後は、皆でしっかりと後片付けをして塵ひとつ落ちていないように清掃
を行なう。これも立派な教育ではないか。毎日のように子供たちのいじめに関する痛ましい報道がなされているが、
私の少年時代には、いじめなどなかったように思う。「弱い人は助けて
あげなければいけない」が当たり前であった。小学校に通っている頃、
「修身」という授業があった。一週間に一度、校長先生または教頭先生
が教壇に立つ。「修身」は偉人らの様々な逸話を通じて、勤勉、努力、
忍耐などの徳目を子供たちに学ばせるというものであった。「勝海舟は、
貧しかった頃、借りた蘭語の辞書を一年かけて写した。「乃木大将は、
他人に迷惑をかけてはいけないからと、雨に濡れた外套姿では電車の席
に座らなかった」など、偉人たちの逸話には身の引き締まる思いがした
ものである。ウイスキーを通じて様々な人たちと出会い、ウイスキーを飲むばかりで
なく、社会や教育の在り方などについて話し合えるというのはとても有
意義なことではないか。来たる12月に行なわれる余市「ニッカの会」は
発会45周年を迎えるお祝いを兼ねた会である。どのような話が出るか、
今から誠に楽しみである。
◎竹鶴 威 の回想録『ニッカウヰスキーと私』の画像付バックナンバー
は、下記よりご覧ください。
http://mail1.asahi-internet.com/c/abcyaN31yrmM3Wah





工場見学に行きました。
僕はサントリーウィスキーのファンでしたが、
今度北海道に行くのでニッカも飲んでみようと思いました。
mixiネーム おかたく
ニッカウィスキーの工場がある余市って、ちょっと離れた感じのところにあるから、もしかしたらしっかり準備していかないと大変かもしれません。結構小さい街という印象でした。20年も前でしたが・・・。
http://www.town.yoichi.hokkaido.jp/anoutline/map/access.htm
極上のネタが転がってるんじゃないですか
うかうか 休んでられませんな(笑)
早速 うちでもこのネタ利用できるよう
伝令を出します
うふっ、ぴゃんたさん地元情報ですからね。
そのとおりです、休んでる場合じゃありません。
伝令も是非お願いしたいところでもありますが、ぴゃんたさんのご活躍もお待ち申し上げておりますです。さっさと戻ってくるように!
でも 必ず完成させますからね。
まあちょっと春まで 色々と考えをじっくりまとめますので
また 覗きにきます
す、すいません。
尻きらしちゃってて・・・・。
>でも 必ず完成させますからね。
>まあちょっと春まで 色々と考えをじっくりまとめますので
了解です。じっくりお待ち申し上げております。何しろ、私は主体になるほど、技術がないもんで。(といいつつ、尻きらしちゃっているわけですが・・・)よろしくお願いします。
>また 覗きにきます
お待ちしております。無理のない程度にご覧くださいませ。
余市町の隣町O市でBS隊長しております、
けんけんと申します。
いつもROMってばかりいましたが、
ぴゃんたさんの名前に反応してしまいました。
竹鶴さん、実は50年ほど前にうちの団に
登録していたはずです。
未確認情報なので、近日中に団本部に行って
過去の登録控を見てきますね。
それはとても興味深いお話ですね。
余市にボーイスカウト作るという話の前に、すでに関係者だったと言うことは、ボーイスカウトをとてもご理解していただいていたと言うことですね。
ご確認の結果を是非ご報告いただけると幸いです。よろしくお願いします。
我団のリーダーの勘違いのようでした。
登録の事実はありませんでした。
が、竹鶴さんのお子様(?)と思われる方と、
我団の団委員長、CS副長は隣町と言うこともあり、
キャンポリーやジャンボリーには一緒に行っていたようです。
もう少し詳しく調べてみようと思います。
スカウティングのすばらしさをご理解いただくのは、なぜか難しい時代になっているようですので、何かの機会を見つけて、どんどんPRを進めていきましょう。
これからもよろしくお願いします。