2006年11月17日

読売ウィークリーに「ボーイスカウト」に関する記事が掲載されています

読売ウィークリーの今週号に「塾に負けた!?「ボーイスカウト」絶滅の危機」という記事が掲載されています。
http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

ボーイスカウトにとってはちょっと「刺激的」な題名ですが、記事の内容はとても好意的で、記事最後は「線が細く、自主性や自立心に欠けると言われる現代っ子にピッタリなのだが・・・。」と締めてくれています。是非ご覧ください。続編も期待したいところです。
(と、今頃のタイミングで言っても遅いんですね。すいません。もうすぐ次号発売になっちゃうので、書店にお急ぎください)。

posted by 黒澤岳博 at 23:37| Comment(14) | TrackBack(0) | ニュースから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 是非ご覧ください。

なんとなく気になって、バックナンバーを取り寄せてしまいました。スカウト運動の現状に対するジャーナリスティックな分析?を期待して。


実際の記事のタイトルは、「少子化、塾、部活で ボーイスカウト半減の逆境」となっていました。見開き2ページで半分が写真、記事は3分で読めちゃいます。(これ、雑誌の標準ですね。)

その中で連盟の方のお話が紹介されています。

 指導者の育成
 広報活動の強化
 プログラムの改善

連盟の改革・活性化策だそうですが、これはまさに、指導者が常に直面している問題だと思いました。団や地区のレベルでも同様でしょう。どこが主体的にやるべきか、という責任のなすりあいになってはいけませんが、私はもうひとつ付け加えたいことがあります。

 組織運営


私はより多くの方にこの運動に参画していただくために、一番改善しなければならないのが組織運営だと思います。そしてそれは、先の3つどれにも関連しています。


結局、加盟員が減っていくのは、乱暴な良い方ですが、組織運営が下手だからではないでしょうか。所帯が大きくなってくれば、それなりに運営のノウハウが必要です。ところが、例えば団だと100人くらいいるとして、100人の組織の長というのは、実社会でもそんなに多くはいませんね。ボーイ隊で班長になれる確率よりずっと低い。

ボーイスカウトの中で指導者に対する教育については、研修という形で、主に対スカウトの部分を学ぶ機会は多く用意されています。しかし、その指導者たちが寄り集まって団という単位になった場合、その団をどう運営するかは、ほとんどの場合団委員長にゆだねられて、丸投げされているような気がするのです。で、それはじつはすごく困難なことではないでしょうか。

隊指導者は団と保護者とスカウトの間で、右往左往してしまう。その結果、各隊同士の連携が取りにくくなったり、いろいろ難しくてつまらないことが起こったり。

団委員向けには団運営研修もありますよ、と言われるかも知れませんが、実際に団委員が、活動レベルで「各隊の連携」を図るのは難しいと思われます。

運営の方針に対するチェックも、団の内外ともに、現実的にはできにくい。(これは以前の記事にもコメント書かせていただきました。最後の方ですが。)

2006年05月11日
ボーイスカウトと社会人基礎力
http://riics.seesaa.net/article/17674795.html


教育ということで言えば、本来は次の世代へおとながして上げられることとして、学校教育・家庭教育・社会教育とそれぞれ役割分担して取り組むことが理想的だと思っています。

それで、教師も親もそれなりに経験を積むから、いろんなことができるようになってくる。ボーイスカウトは、指導者養成という点において、ちょっと弱い気がするんです。あるいは、それを支える組織と、その運営手法において。

性善説の弊害だと思うんですけど、そういうのは勝手に自己研鑽積んでいくもの、と突き放し過ぎてるんじゃないでしょうか。わたしはそのあたりで相当無力感を味わっていますが、少なくとも、減点法でチェックする仕組みは馴染みにくい。結果として、放置プレイ。改善されない中途半端な状態で、結局力を失ってるケースもあるはずです。

でも自己研鑽って、一人じゃできないと思うんです。本を読むこと以外は。大切なのは、研鑽する機会をいっぱい取り込んでいくことではないでしょうか。それは、スカウトに響くプログラムが展開できるかをいろんな人たちと一緒に考えたり、その活動を実際に保護者と一緒に眺めて語りあうことで巻き込んだり・・・。

それを支えることができるのが、組織です。せっかく「自発活動により支えられる」仕組みがあり、みんなが参加できる素地を持っているのに、でもなかなかそれをうまく生かせない。だから、たぶん運用の問題なんでしょうけど、そういうところをみんなができるようにもうひと工夫しないと、全体として盛り返せないのかなと考えています。
Posted by ぬまた at 2006年12月23日 01:03
実は、私は、組織運営についてはぬまたさんのおっしゃる「放置プレイ」とはちょっと違った視点を持っております。

もちろん、様々な「自主研究(自己研鑽という言葉の使い方が私には難しいので、あえて使いません。ぬまたさんのおっしゃる自己研鑽と同意と思ってください)」の必要性はこれまでも述べているとおり。スカウティング研究集会は自主研究の結果を発表し、情報を共有するとともに新たな発見をしてもらう場になってほしいと言うことで実施していることはご理解いただけていることを前提としております。

自主研究って、結局「公開」されて「共有」されないと、「研究結果を利用されるチャンス」がとても少なくなってしまうと考えています。その意味では、実は各県連・各地区での「研究集会」が開催されてはいるのですが、その結果が「公開されていない(≒参加者のみの情報共有)」である限り、チャンスを増やしてもダメなのかなあ、と感じています。

これって、5年ほど研究集会を実施しての実感。「公開」ということにかなり力を入れてやっているけど、結局浸透には至らない。まあ、数人が運営して、参加者が毎回30人を超えないわけですから、しょがないっちゃあしょうがないんだけど、それでもその結果として発行している報告書を入手しようと考えてくださる人も結構少ない現状はかなり悲しい・・・。

で、おそらくこの研究集会のようなことを全国組織的にやっていくとなったとき、何ができるかと考えると、結局「書籍にする」のが限界かなあ、と感じたりしています。その先の議論をラウンドテーブルでやるのは難しいんじゃないかというのが私の印象です。

本に書いてあることをベースに議論をすることならばできそうな気がするけど、ラウンドテーブルでは結局「自分の経験だけを基にして」議論するのが手一杯。結果「個人の体験」を超えることがない。

そうすると、「原則論以上のことを考えられない」という結果になっているのではないかと考えています。

本来は、日本の歴史・風土・スカウトにあわせてスカウティングを確立し、それを全指導者が共有していくとともに、それぞれの地域、スカウトにあわせて、全指導者が創造的に実務を形成していかなければならないはずなのです。

ある程度「日本のスカウティング」を形式としては確立できているのかもしれない。が、それを実践する指導者にとって、方向性(書籍ベースの情報)を基に自分の条件に合わせて実務を形成できていないということなのではないかなあ、と考えています。

で、組織論に話を進めていくと、ボーイスカウトの組織において、その担当をする加盟員を「評価」する基準がないことが一番の問題であると私は考えています。現状では、ある組織の、ある担当を引き受ける人の「能力があるかないか」の基準は「研修を受けたか受けていないか」のみ。加えて、現状の組織の人間が「指名」をするわけですから、ある意味「仲間内を選ぶ」しか方法がない。

この状況はある意味「自主評価(≒仲間内評価を含む)」だけということになります。

拡大局面にある場合は、この方法で問題が起きてこなかったのでしょう。次々に新たな役職ができるわけですから、加盟員内で「問題」が起きる前に、新たなこと(副長がすぐに隊長に任命されるなど)に挑戦しなくてはならず「本来のスカウティングの形」を追いかけていくだけしか方法がなかったので、「結局B−Pを追いかける」という方法が行われていたのではないかと考えています。

従って、そろそろ「組織評価基準」のようなモノが必要になっているのではないか、と考えています。

事業評価でもいいと思っています。あるイベントを実施した場合、評価基準を基にイベントごとの「目的達成度」をはかり、よりよい形を求めていけば「比較評価」ができるのではないかと思います。

結果としてマイナスでもいいから、自分がやっていることを、それ以外のことと「比較」できる手法を確立する必要があるはずだと感じていたりします。

でも、最終的な評価基準は「加盟員を増やしたかどうか」になっちゃうような気もします。
(でも、そうするとぬまたさんのイメージからはちょっとずれちゃうような気もして、「最終的な評価基準」については微妙なコメントだったりするかもしれないと感じているのですが・・・)
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月24日 18:37
> 「最終的な評価基準」については微妙なコメントだったりするかもしれない

これについては、単に質か、量か、の違いかも知れないと感じました。量が質を生むのか、はたまたその逆か。どちらも必要なことですし、加盟員の数という基準は明快なので、運用はしやすいでしょうね。もちろん、わたしは質という視点で考えていたつもりですが、いつものように近視眼的なので、「最終的な」ところまで考えが及んでいなかったのだと思います。ですから、「評価」についておっしゃっていただいたことにも、まったく同感です。

質の部分というのは、ボーイスカウト本来の活動になりきれていない部分に対して、どうすれば良いのか、ということです。私は「ボーイスカウト」がやりたい、と思っていますが、なんか違うんだよな、と思っても、他の人にとっては十分ボーイスカウトっぽいから、その人にとってはあまり問題にはならなかったりします。もちろん私だってまだまだほんの一部分しか知らないから、とても主観的、あるいは個人的な判断基準しかありません。

ですから黒澤さんがおっしゃるように、「評価基準」を示し、「組織的に運用」していくことがとても重要だと思います。そうでないと、スカウトのためにやっていることが、内容よりもそれを「やる(そのために時間を割いて行動する)」という行為のみが評価の基準になってしまいがちではないでしょうか。

例えば、あるプログラムを準備〜展開するプロセスおいて、(スカウトや指導者や育成会員などから)どれだけの「参画」があり、どんな「ねらい」があり、「気づき・気づかせ」のための仕掛けや工夫がどのようなものなのか、などを、ぜひ「評価の対象」にしていただき、またそれを広く共有することができたらどんなに良いことか、そんなことを考えています。

プログラムを展開するにあたって最初に悩むことは、「何をやるか」は見よう見まねでやるとしても、「具体的にどのようにやったらよいか」だと思うんです。経験で補える方々が少ない現実に対して、「組織的」にサポートが必要だと思う部分もそこです。

もちろん指導者の実務遂行にあたっての書籍ベースの情報提供も有効だと思います。地区でもいろんな研修とかが行われてはいるんですけど、圧倒的に供給不足と感じています。

あるいは、これらの研修も「事業評価」とセットで行うことで、より効果を出せることを期待しています。ただ問題は、それを活動方針に対する「干渉」と受け取られてしまう可能性があることではないでしょうか。そこが、「減点法は馴染まない」と考えてる理由です。



> 結果としてマイナスでもいいから、自分がやっていることを、それ以外のことと「比較」できる手法を確立する必要があるはずだと感じていたりします。

そういうものが、ぜひ欲しいですね。私がスカウト関係のブログを拾い読みしたり、mixiのコミュを覗いたり、たまには自分のブログで発信したりするのは、まさにそのためだといえます。多分そこにいらっしゃる方々も、みんながそのようなものを求めてる雰囲気があると思いませんか。まとまりはないかも知れませんが、熱気はあふれています。「なかなか提供されない情報」に飢えてるんですね。まさに、毎日が「研究集会」!

で、ネットの中だけでは物足りないので、たまに近所のスカウト関係者にランダムに声をかけて集まったりしています。ランダムだから、団も地区も立場も越えて、研修所みたいなメンバー構成になっちゃいます。保護者の方もいらっしゃいますから、かなり幅は広い。

ただ、私がやると単なる近所の飲み会になってしまうんですが。あと、たまに火を囲む会というのもやったりします。(こんどはウィスキーを持って行こう!宿泊前提で。)それで、ただ飲んだり火を囲んだりするときに、共通の話題が「スカウティング」というのがミソなんですね。これについては、実はみんな話したいことがいっぱいあるんです。

だからいきなり初対面の人たちでも、だれも話に取り残されたりはしない。それって、ある意味すごいことなんだなぁと思っています。「書籍ベース」に対して、「飲み会ベース」で何かを共有してる気にさえなります。(飲むと気が大きくなるんです・・・。)単に飲む理由を正当化してるだけかも知れませんが。もちろん全国展開もムリですし。

やっぱり「Web2.0ベース」でしょうか。
Posted by ぬまた at 2006年12月24日 23:38
>もちろん指導者の実務遂行にあたっての書籍ベースの情報提供も有効だと思います。地区でもいろんな研修とかが行われてはいるんですけど、圧倒的に供給不足と感じています。


実は私は研修や情報の供給は不足していない、と思っています。
より正確に言えば、その量の多寡は現状に対しては無意味だと思っています。

情報が少ない、足りない、という話やもっと情報を供給してくれ、という要求は様々な集まりや研修会で耳にします。 でもその要求に対して「はい、どうぞ」と提供しても過半数は読まれることすらありません。 ましてその情報の中身を実際に原隊活動に生かしてなんていう話は本当にマレにしか遭遇しません。
5年、10年前ならいざしらず現在ではこの活動で必要な情報は(100%ではないが)たいていPCの前を離れずに入手することが可能です。


>ボーイスカウトの組織において、その担当をする加盟員を「評価」する基準がないことが一番の問題であると私は考えています。現状では、ある組織の、ある担当を引き受ける人の「能力があるかないか」の基準は「研修を受けたか受けていないか」のみ。

ここが良くも悪くも無報酬のボランティアで展開している限界なのだと思います。
極端な表現をすると不適格者であってもその加盟員を配置換えしたり役務からははずしたり、ということが非常にしずらい(ほとんど出来ない)構造になっています。

本来は「長」と名の付く役務に就いている人は問題の解決にあたっては「変わるか」「消えるか」しか選択肢はないそうです。
自分のやり方、考え方を変えるのか、さもなければその役務から消えるのか、(他の方と交代する)。

ところが結果を評価すること自体をある種のタブーとしてきわめて閉鎖性の高い組織のなかでいつまでもゴチョゴチョやっているのが現状ですからなかなか問題点が解決しない。
へたすりゃぁ問題解決に斬新な手法をもって名乗りを上げれば逆に批判の対象になって非難されたりもする。

こんなことばかり書いていると非常に悲観的にならざるを得ないのですが、現実的には日連だの県連だの大きな、上のほうの組織に末端の加盟員が個人でなにか吼えてもなにも代わりませんから、自団、自隊の活動を活性化することにエネルギーを注いだほうがまだ効率がいいと思います。

それすら叶わない、硬い殻に囲われた組織もあるのですが・・・

Posted by bskurosan at 2006年12月25日 14:13
>ぬまたさん

> 質の部分というのは、ボーイスカウト本来の活動になりきれていない部分に対し
> て、どうすれば良いのか、ということです。

そうなんですよねえ。確かに質にむらがあるというのは問題。
でも、結局すべてが主観であり、個人的な判断なのだと思います。もちろん、評価基準を設定していくことで、むらを減らすことは可能ですが、全滅させることは不可能。

極端な話、国家権力支配下にあるスカウティングもあるわけですから、そこは永遠の課題なのだろうと思っています。
http://riics.seesaa.net/article/15220653.html


> プログラムを展開するにあたって最初に悩むことは、「何をやるか」は見よう見
> まねでやるとしても、「具体的にどのようにやったらよいか」だと思うんです。
> 経験で補える方々が少ない現実に対して、「組織的」にサポートが必要だと思う
> 部分もそこです。
>
きっと研修所は「具体的にやる一場面」を見せているのだと思います。そして、実修所で指導者としての経験・自らの問題点を基に、ともに悩む仲間(入所者)と議論をすすめ「自己理論の確立」を進めるという形を作っているのかな、と推測しています。

自己理論が確立すれば、場面にあわせて活動を作り上げることができるということなのだと思っています。

そうするとやっぱり、実修所にいっておきたいんだけど、5泊6日というのがあまりに高いハードル。そこに至るまでに、あまりに道のりが長すぎ・・・。

そもそもそんなこと、誰かが作ったプログラムをパクルことさえできれば、それで問題ないわけですから、そういう方向を考えてもいいと思うんです。詳細なプログラム集。

私のイメージは「埼玉県連BSプログラム集」(手前味噌ですが)
20年近く前に出版され、これまで版を重ねていますが、一年分のBS隊のプログラムを班会議の手順から細かく書いてあります。BS隊リーダー時代、かなりお世話になりました。

少なくともこの本通りにやれば、BS隊の一年間のプログラムが一通りできるわけです。

そういうのをもっと考えてもいいと思っています。そこまでしないと「指導者向けサービス」とは言えないとさえ考えています。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月26日 10:58
>ぬまたさん、その2です。


> あるいは、これらの研修も「事業評価」とセットで行うことで、より効果を出せ
> ることを期待しています。ただ問題は、それを活動方針に対する「干渉」と受け
> 取られてしまう可能性があることではないでしょうか。そこが、「減点法は馴染
> まない」と考えてる理由です。
>
このサイトを見ると「事業評価」の方法はさっと理解できます。
「評価みえ」http://www.hyouka.org/index2.shtml

「打ち上げに行く前に」なんて書き方は、とっても共感できます。その通り、さっさと事業評価しちまえば、あとは楽しめるじゃんって気になります。

これを見てみるとわかるんですが、別に減点であってもなくても、結局「自分がやった事業、意味があったの?」という視点が重要で、その意味を問わないままでいると、いつまでたっても自分のやってきたことが次につながらないのだと思っています。

「何が問題だったのか?」をしっかりとらえていくことがまず重要なのだと考えました。


> だからいきなり初対面の人たちでも、だれも話に取り残されたりはしない。それっ
> て、ある意味すごいことなんだなぁと思っています。「書籍ベース」に対して、
> 「飲み会ベース」で何かを共有してる気にさえなります。(飲むと気が大きくな
> るんです・・・。)単に飲む理由を正当化してるだけかも知れませんが。もちろ
> ん全国展開もムリですし。
>
> やっぱり「Web2.0ベース」でしょうか。

共有という部分では、飲み会ベースでも十分だと思います。
ただし、飲み会ベースでは「改善の方向性」は見えません。

まず「共有部分」がないため、踏み台として「共有部分」を作るところまでは有効だとは思いますが、次のステップを作るには、誰か「異質なもの」をその飲み会に入れて、異質なもの「これはいい」「これは悪い」という形で評価していくことで、方向性を作るということになるのではないかと感じました。それがうまくいくように「仕立てる」のは結構大変。飲み会=シンポジウムの司会を誰がやって、どの方向に向けて議論をしていくか、という話だと思います。

で、書籍ベースだと、それを読んでそのままパクるなり、反論をして新たなものを作るなりは、自由。難しい現状と照らし合わせて比較していくと、次の手はなんとか出てきそう。また、一人でもできるというところがメリットなのではないでしょうか。

それらの中間を行くのが「Web2.0ベース」だと思っています。他者の考えに自分の考えをぶつけることができるし、文字ベースで情報が蓄積されていく。

あんまり外に出て行けない今の私には、Web2.0ベースが有効であるように考えています。

きっと、この辺の状況って、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトってやつのうち、ちょうどその真ん中にいて「効率的な組織」になり得ていないのが現状なのではないかと勝手に思っています。

共有という部分では、飲み会ベースでも十分だと思います。
ただし、飲み会ベースでは「改善の方向性」は見えません。

まず「共有部分」がないため、踏み台として「共有部分」を作るところまでは有効だとは思いますが、次のステップを作るには、誰か「異質なもの」をその飲み会に入れて、異質なもの「これはいい」「これは悪い」という形で評価していくことで、方向性を作るということになるのではないかと感じました。それがうまくいくように「仕立てる」のは結構大変。飲み会=シンポジウムの司会を誰がやって、どの方向に向けて議論をしていくか、という話だと思います。

で、書籍ベースだと、それを読んでそのままパクるなり、反論をして新たなものを作るなりは、自由。難しい現状と照らし合わせて比較していくと、次の手はなんとか出てきそう。また、一人でもできるというところがメリットなのではないでしょうか。

それらの中間を行くのが「Web2.0ベース」だと思っています。他者の考えに自分の考えをぶつけることができるし、文字ベースで情報が蓄積されていく。

あんまり外に出て行けない今の私には、Web2.0ベースが有効であるように考えています。

きっと、この辺の状況って、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトってやつのうち、ちょうどその真ん中にいて「効率的な組織」になり得ていないのが現状なのではないかと勝手に思っています。

ちなみに、私はウィスキーで、釣られてしまえばよろしいのでしょうか・・・。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月26日 10:59
>bskurosanさん

> 実は私は研修や情報の供給は不足していない、と思っています。より正確に言え
> ば、その量の多寡は現状に対しては無意味だと思っています。
>
> 情報が少ない、足りない、という話やもっと情報を供給してくれ、という要求は
> 様々な集まりや研修会で耳にします。
>  でもその要求に対して「はい、どうぞ」と提供しても過半数は読まれることす
> らありません。

これについては、異論があります。
「要求に応じた適切な情報・資料が提示されていない」と言うだけの話だと思います。

何が必要な情報なのかが全く精査・検証されずに、「提供側が必要だと思った」資料が提示されているだけでは、資料をほしいと思った方は満足するわけがありません。

日本連盟の「事務局ニュース」を例として、批判的に考えてみたいとと思います。
「どうも日本連盟が所管して○○って言う会議があったらしいけど、その結果どうなったかはさっぱり分からない。」
議事録だけ並べても「情報の価値がない」ということにまだ気付かない。加盟員が知りたいのは「その会議の結果、何が決まったのか」だと思います。

事務局の現状を、都道府県連盟事務局に提供するのが本意なのだと書いてありますが、もし、国の省庁があんな意味不明のニュースを流してきたら、都道府県庁はから非難の嵐になります。少なくとも、埼玉県連があの手の情報のみで理事会に資料を提出したら、各理事からつっこまれること間違いなし。

そのような視点から見れば、やはり「研修も資料も全く足りていない」と考えざるを得ません。

情報をほしいという人に対しては「何がほしいの?」と話を聞き、「その中で、どんなときに使うものがほしいわけ?」と具体化していくやりとりをしていくことが重要。そして、そのやりとりがそのまま「コミュニケーション」になってい
くはず。
スカウトに対して、そのようなコミュニケーションを取らなければならないと指導しているにもかかわらず、現状のボーイスカウトの組織はそのようなやり方ができないようになってきているように感じています。


>  ましてその情報の中身を実際に原隊活動に生かしてなんていう話は本当にマレ
> にしか遭遇しません。5年、10年前ならいざしらず現在ではこの活動で必要な
> 情報は(100%ではないが)たいていPCの前を離れずに入手することが可能で
> す。
>
そういう組織の現実の結果、結局「組織として提供してもらえないものを自ら探し出している」のが現状。PC前を離れずに入手するには「どこにその情報があるか」を熟知せねばならず、結構な時間とコストがかかります。

おそらく、bskurosanさんはそのような時間とコストをかけてらっしゃるのだと思うのですが、それと同じ過程を他の人に求めるのが「組織としてあるべき姿かどうか」というところが論点なのだと思います。

仮にどこかに「この情報を見れば、このようなプログラムに有益です」と言ったことがまとめてあれば、PCの前に座ってそこを見れば、隊指導者として活動していくことが苦にならなくなるはず。

スカウティング研究センターサイトでも、そのような情報提供ができるように務めてはいるのですが、一人ではもう、いっぱいいっぱい。多様なニーズに応えるほどの情報も確保できない。

故にみんなで持ち寄って、その中から精査していくのがよろしいのだろうと考えております。
(そして、それがWEB2.0ってやつになっていくのだと考えております)


> ここが良くも悪くも無報酬のボランティアで展開している限界なのだと思います。
> 極端な表現をすると不適格者であってもその加盟員を配置換えしたり役務からは
> はずしたり、ということが非常にしずらい(ほとんど出来ない)構造になってい
> ます。
>
制度的な部分では、改良方法があると思っています。
まず評価基準を作っちゃえば、組織内対立がいい形で始まります。「あいつに任せたけど、だめだった。やめさせちゃえ!」っていう話が、「公平で、公正な形で」行われることになります。「結局目標達成できなかったんだから、違う人にやってもらおう」と言う話なら、スムーズに話がすすむと思います。

現時点でもそんな「こあらそい」はそこここであるのは分かっているんだから、それにきちんと基準を作ってあげれば、「ただのけんか」じゃなくて「ルールのあるスポーツ」になります。

評価をすることができないと言うことなら「評価なんかどうでもいいから、取り急ぎ、期間限定」にしちゃえばよい。

例えば、各組織の規定(県連規定とか団規約とか)に書いてある、再任条項(「再任を妨げない」という一言)を削除し、「二期4年以上やっちゃダメ!」と修正してしまえばいいだけなんです。

また、ライオンズクラブとかのように、「第1,第2,第3副会長」といった形で副会長の順番を付け、その順番で会長に毎年代わっていくようなシステムもOK。

加盟員拡大局面では、これが自動的に行われていたのではないかと推測しています。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月26日 11:02
>bskurosanさん その2です。


> 本来は「長」と名の付く役務に就いている人は問題の解決にあたっては「変わる
> か」「消えるか」しか選択肢はないそうです。自分のやり方、考え方を変えるの
> か、さもなければその役務から消えるのか、(他の方と交代する)。
>
> ところが結果を評価すること自体をある種のタブーとしてきわめて閉鎖性の高い
> 組織のなかでいつまでもゴチョゴチョやっているのが現状ですからなかなか問題
> 点が解決しない。へたすりゃぁ問題解決に斬新な手法をもって名乗りを上げれば
> 逆に批判の対象になって非難されたりもする。
>
そうそう、だから「評価基準」が必要なんじゃないかと考えています。評価基準は「組織的」にやらなくても「気付いた人が使えば」そのまま周りも引きづられていくように感じています。

ぶっちゃけていいます。「スカウトが少ない隊の隊長が地区コミ・副コミ」とかって話、結構ありますよね。LT/ALTでもいいや。そんな人の話が、現状で「スカウトが少なくて活動できない」リーダーに対するアドバイスとして有効だ
とは思えません。

そのような問題に対しては、例えば「100周年事業のホップ章、ステップ章、ジャンプ章」を取っていない団のリーダーはコミ・LTとして不適格っていうのもある種の基準だと思うんです。まずは自分のところの問題を解決できない人が指導的立場に立っても有効なアイデアを出せるわけではないことが明白。有効なアイデアがあるなら、自分のところでいかせばいいんだから。

こんな感じで、有効に使えそうな基準がいくつか揃ってきて公開されると、その基準に値しない人たちへの「失望」が自動的に始まると思っています。

実際、「うわさ」は、いろんなところでいくらでも飛んでいるはず。それをみんなが知っている基準で、同時に評価しちゃうと、それはそのまま「準公的な基準と評価」になるのではないかと考えています。

今は基準がバラバラだから、噂は噂以上でも噂以下でもないけど、ある程度の基準ができて、それをどこかに行けば見ることができるとなると、せめてその基準に合わせた運営をしようと思うのが人の世の常。

実は、京都連盟では登録時の団審査用にチェックリストを作成しています。
http://www.scouting-kyoto.jp/body/reader/komi/commissioner/checklist.html

こういうのを見ると、何とかこれに合致するような団にしたいなあ、と思ったりしますよね(っていうか、京都連盟加盟団は全てこのチェックをクリアしているわけですが)。


> こんなことばかり書いていると非常に悲観的にならざるを得ないのですが、現実
> 的には日連だの県連だの大きな、上のほうの組織に末端の加盟員が個人でなにか
> 吼えてもなにも代わりませんから、自団、自隊の活動を活性化することにエネル
> ギーを注いだほうがまだ効率がいいと思います。
>
私は、自分の経験から「できることとできないことがあるから、できることをやるしかない」と考えています。

様々な家庭の事情から、私は夜外に出て行くことを余りしたくないと考えております。夜の会議は余り積極的に参加できない。昼間でもできるだけ家にいたい。
結果、地区の関係は全くお手伝いすることができません。

オンラインで活発な議論ができるのは「家でできるから」という、とてつもなく消極的な理由からだったりします。だけど、私ができることはそれが限界。だったら、その範囲内でできることをやればいいと思うし、チャンスがあれば、がんがん発言をしてやらい!と考えています。

以前日連サイトで「指導者訓練体型検討委員会」の掲示板がありましたが、このような機会では積極的に「5泊6日の研修なんか受けられねーから、できることなら日帰り研修を設定してほしい」とお願いをしました。
http://www.scout.or.jp/j/info/training/training..matome.html
家庭の事情からあまりお泊まりをしたくない私としては、現在、上級研修(実修所)を受ける権利さえ与えられていないのです。土日を使って3週間とかの研修でも効果に違いがないことは明白。でも、5泊6日と定められているので、研修に参加できない私。むなしいけど、チャンスを利用して発言していくしかないのです。

県連WEB管理者をできるのは「打合せがほとんどなく、流れてくる情報を掲載する」という「家でできるお仕事」だからなんです。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月26日 11:05
詳細なご意見ありがとうございます。

拝見して思うことは、おそらく見ている対象が違っているのではないか、と思われます。
例えば資料が十分に出されているかどうか、についての議論で黒澤さんがおっしゃっているのは、必要としている資料が何か、もっといえば現状の問題点の認識がきちんとあり、ある程度解決の方向性を見出し、そのために必要とする具体的な支援をあげることのできている指導者についてはその通りと思います。 逆にそこまで要求が絞れているのであれば本来はサポートもそれほど難しくはないと思っていますが・・・。
それに対して私は指導者の集まりに参加しても先年一日のごとく『スカウトの参加が悪い』『部活動にスカウトをとられる』『人数がすくなく班制度がうまくいかない』という嘆きを吐露するだけでそれに対して、ではどうするのか、というビジョンを持たない多くの方々をイメージしています。 ですからそうした方には失礼ながらいくら資料をお渡ししてもあまり意味がない、と。

制度的なこと、評価基準。 まさしくそれを導入できればどれほどすっきりとするか、と思いますが実際にそれを持ち込んだときに抵抗勢力がどれほどの挙にでるか容易に想像できるので失礼ながらあまり現実感がもてません。 別にそうした現実に迎合するつもりはありませんが実際に心ある指導者が何人もつぶされ、すこしでもいい方向へ、という提言も『大きなお世話』と門前払い、というようなことばかりを現実に目の当たりにしています。

私は考えが古いのだろうと思いますが指導者サポートも先回りしてあれもこれもそろえておくことが有効とは思っていません。
おそらく反論されるでしょうが、本当に必要だ、と感じている方は多少の時間差でご自分で見つけ出すもの、と思っています。 もちろんその際に仲間の存在や先人ののこした資料、書籍が有効なことは言うまでもありませんが・・
Posted by bskurosan at 2006年12月26日 17:38
>bskurosanさん

私は、一介の隊指導者なので「組織に属することのメリット」を求めています。地区だとか県連は明確に「サービス」を提供してほしい、と考えているわけです。

フランチャイズシステムであるボーイスカウトですから、スーパーバイザーである「地区」は、それなりに適切なアドバイスを提供してくれるのがサービス提供者の義務であると考えています。各店舗となる「団」での成果が上がるまで、スーパーバイザーが責任を持ってアドバイスを続けるしかないのだと思っています。

もし、そのような「アドバイス=コミュニケーション」を放棄してしまう組織であるならば、それはフランチャイズシステムとしての形式が整っていないことになってしまいます。とりまとめる立場にいる者は、とりまとめるために主体的にメンバーとコミュニケーションをとり続けるしかないのだと思います。

その上で「資料がほしい」っていうのなら、どんどん提供しちゃって「以前あげたものを見ればいいでしょ?」と言い続けるしかないのだと思います。もちろん、提供しないという手はありますが、それは「単なるコミュニケーションの放棄」でしかないのです。

その意味で、サービスを受けようとする指導者が、自分の周りの問題がなんなのかを見定める必要があるのは当然ですが、スーパーバイザーの仕事には「問題を指摘し、それを改善すること」もあると考えています。

先回りしてそろえることが目的なのではなく、サービス提供者が「指導者であるあなたにはこのレベルまでレベルアップしてほしい」という目標が設定し、そのために情報提供や問題指摘といったコミュニケーションをとり続ける必要があるのだと思っています。

よく、スカウティングは「道」であるという話を聞きます。華道とか茶道とかと同じ「道」。目的に向かっての道だから、歩いていくのは自分だけ。

なんかいい話に聞こえるんですが、私はこの話に納得いっていません。

ある指導者が「道に迷っている間」に「その指導者が面倒を見ているスカウトも道に迷っている」のです。私にはその方が耐えられません。

自分だけが歩く道なら、好きなだけゆっくり歩いていていいけど、「スカウトまで巻き添えにするなら」、迷っている暇なんかない!
さっさとショートカットして、その分スカウトと一緒に歩いてほしい。そのショートカットのためにスーパーバイザーが知恵を出す必要があるのだと思っています。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月28日 00:22
> ちなみに、私はウィスキーで、釣られてしまえばよろしいのでしょうか・・・。

もちろん!飲み会とファイアーの次のステップにはなかなか行けないのですが、あきらめてるわけじゃないけど、現状に満足してる自分もいます。

Posted by ぬまた at 2006年12月28日 08:57
>その意味で、サービスを受けようとする指導者が、自分の周りの問題がなんなのかを見定める必要があるのは当然ですが、スーパーバイザーの仕事には「問題を指摘し、それを改善すること」もあると考えています。

>先回りしてそろえることが目的なのではなく、サービス提供者が「指導者であるあなたにはこのレベルまでレベルアップしてほしい」という目標が設定し、そのために情報提供や問題指摘といったコミュニケーションをとり続ける必要があるのだと思っています。

その通りだと思います。地区コミッショナーといわれる人たちのもっとも大きな任務だと思いますから・・・
Posted by 虫 at 2006年12月28日 10:09
>ぬまたさん

いずれ、襲撃させていただきますので、よろしくお願いします。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月28日 21:18
>虫さん

コミの皆さんも大変なんだと思います。何しろ評価する基準がないわけですから。

改善してほしいにしても、その方向性が見えないというのも現実なのでしょう。

そんな意識から、「まずはBS隊スカウトに、どのような班を運営すればいいのか」を考えてもらえばいいはずだと考え、「クオリティパトロール」を考えてみました(その後頓挫していますが)。

スカウトがどのように班を運営すればいいのかを把握でき、その方向に向けて動き出せば、指導者がスカウトと「コミュニケーション」をとることができるのではないかと考えたのです。
Posted by 黒澤岳博 at 2006年12月28日 21:28
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