2008年11月06日

地区行事に関する視点

前回の「メールマガジンから」で紹介した「臨時 vol 153 「医療に対する「当たり前」感を駆逐するために」の論文で、次のような記述がありました。

どうやって「当たり前」感を払拭し、信頼を再構築するか

では、どうするか。そのためのポイントは、3つあります。

 まず、ひとつ。信頼関係を持つ対象を「患者と医師」という診療室内の視点から、「社会と医療」という視点に広げて考える必要があります。要するに一般の人を相手にすべき、ということです。

そんな記事を読みながら、「班長集合訓練への提言」の記事を拝見し、コメントもしてきました。

いや、別に地区の行事がスカウトのためにならないことを目的にしているなんてことは思っていません。だけど、考えていくと、私の中では下記のような結論になっていきました。

隊長は「自隊」のスカウトに対し指導をするべきだと思うのですが、他隊のスカウトに指導するのはどうなんだろう?と私は考えています。

おそらくこの構造は「班長と班員」と同じでいいのだと思います。私たちは、班長に対し「自班の班員を指導しろ」といいますが、「隣の班の班員も指導しろ」とは言わないはずです。

隊指導者もこれと一緒で「他の隊のスカウトを指導するのはあるべき姿ではない」のだと思います。コミッショナーはその意味で「調整者」なのだろうと思っています。コミッショナーは団委員長同様、スカウトの指導に直接手を出してはいけないのだと定められているはずです。

そうすると、コミッショナーを中心とした「地区」という組織も、直接スカウトの指導に手を出してはいけないのではないかと私は考えています。

地区の事業で「スカウトを指導」すると、それは「スカウトを直接知らない」のに、「ボーイスカウトはこのようなことをしているはずだ」という見込みでものごとを実施してしまうのではないかと思うのです。

たとえば地区での事業では「班長はこのくらいのことを知っているはずだ」という見込みから、「あるべき姿」を「想定」して事業を行う。でも、隊集会なら、そんなことしなくてもいいはず。なぜなら、それは隊指導者がそれぞれのスカウトを見ながら隊の中で行われていくものだから。

一人一人のスカウトをよく知っている隊長ならば、そのスカウトの足りないところ、補うべきところ、班の特性を考えながら指導していくことが可能だと思うのです。が、地区の事業は、一人一人がどういうスカウトかなんてことは全く意識せず、「事業」を「運営する」という視点から実施されていきます。すでに大人の事情のみの視点です。

したがって、どんな場合でも地区事業は全てのニーズを満たすことはできないし、スカウトはそれなりのストレスを感じることになるのではないでしょうか。

本来のスカウティングは「隊」だけを意識しています。B−Pは「隊(32人)以上が同じプログラムに参加するのは好ましくない」と書いていたはずです(どこだか忘れちゃいましたが)。この話は「ジャンボリーでこんなに集まっていいのか」という文脈の中での記述だったとも記憶しています。その意味でスカウティングは「個性教育」だったはずです。

本来はそういう構造になっているにもかかわらず、地区で事業を行っている現在のやり方が、もしかしたら「スカウトが中心であるはずのスカウティング」からの乖離を生んでいるのかもしれないと私は感じ始めています。

地区というボーイスカウト内の組織が活発に活動すると、結局「ボーイスカウトの内部化」が進み、「社会の中に存在するボーイスカウト運動」という視点が軽視されてしまい、結果として、社会とのつながりが希薄になっていく。なんだかこう思えてしまったのです。

考えたら、私がスカウトだった頃(=加盟員がピークに至るまでの拡大局面)、地区のスカウトを集めて行う行事って、あんまりなかったように思えています。

posted by 黒澤岳博 at 20:17| Comment(4) | TrackBack(1) | 組織運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうございます。

本来スカウトの指導は原隊で隊長が責任を追うべきものであることは論を待ちません。
現在、ドコまで声が届くかはわかりませんが懇意にしていただいている地区役員の方には大半の地区行事を一旦全廃できないものか、と何度もお願いしております。(BS以上のものしか私にはわかりませんが)

うちの地区のGBTについて私は散々こきおろし、開設側、運営側を批判することを書いています。
ですが、本当の問題の根っこは多くの隊が自隊でなさねばならない責任を放棄し(悪気はないかもしれないが)その遂行を地区なり行事なりにゆだねている無責任体質があるのだと思っています。

だから地区が要らないお世話を焼かないで各隊が責任を持つように誘導するのが肝要・・・・そうなんですけどね、でも自隊の責任、自団の責任を放棄しっぱなした隊がいくつも存在し、そしてここが大事なのですが、そうした隊にも少数ながら活動に意欲を(未だ)失っていないスカウトが存在する、ということです。
こうしたスカウトを何とかできないか、というのがここまで地区の主導がなくならない論拠。

いっそうのことバンザイしてスカウトを近隣の活動実態のきちんとある隊にゆだねてくれればまだしもやりようがあるのですが、妙な縄張り意識化そうは絶対にならない。


不遜な言い方かもしれませんが、私でさえ、既に何人もの(まだ)やる気のあったスカウトに手を出せずにフェードアウトするのを手をこまねいて看過してしまった例は何度もあります。

私自身は、本当に本当のことを言えば自隊のスカウトが第一ですからよそのことはアンタッチャブルで行きたい思いもあるのですが・・・・・
Posted by bskurosan at 2008年11月06日 22:26
早稲田キャンポリーというのが昔あって、スカウトの頃参加したことがあります。早稲田ローバーにゆかりの団が地区を越えて10くらいあつまって、キャンプ大会をやる。主催はもちろんローバー。

当時の大学ローバーは層も厚く、活動も充実していて、大学の枠も越えて広く活動していこうという雰囲気があったことが、資料(※)からも感じられます。

100キロハイクなどもそういう気分の中でローバーにより自主運営されてきたと思うのですが、ご承知のように現在は、少なくとも形の上では東京連盟の行事となっています。(スタッフはローバー年代が頑張って、地区がバックアップしている。)

火を消さない努力は必要だと思います。何もないところに火を付けるためには、地区主導でひとつ行事をやってみる、というのもありでしょう。だから、地区がやることが悪ではない。

でもだんだんそれが決められた「仕事」のようになってくると、知らずに「ニーズから乖離」して、何のためにやってるんだかわからなくなる。結果、行事(事業)が形骸化し、関心を引かなくなる、ということが起こるのだと思います。

早稲田キャンポリーとか以前の100キロの運営に当たって、あくまで想像ですが、「それは面白くない。」というようなことが、もっとはっきり言い合えたのではないでょうか。

それができないから、おとなに任せると面白くない・・・。

究極的には、そういう人たちには任せてはいけないんですけど、現実的に共存を図らなくてはならないところが、おとなの難しいところですね。



※「日本の大学ローバーは何をしてきたか−早稲田、慶應義塾、同志社の経験から−」
http://www.scoutnet.or.jp/~src/roverofunv.htm
「慶應スカウト50年史」
http://homepage1.nifty.com/KEIOSCOUT/
http://homepage1.nifty.com/KEIOSCOUT/keioscout-50thanniversary-report.pdf
Posted by ぬまた at 2008年11月07日 20:00
>kurosanさん

コメント、ありがとうございます。

kurosanさんのお考えは理解できます。

が、もう、そのように「本来の活動ができなくなっている」団には、つぶれていってもらうしかない段階に来ているのかもしれないと私は思っています。そして、そこの団のスカウトには「残念だったね」と言うしかない「組織構造」なのかもしれないと思っています。

「地区」という組織内で考えると、「確かに知っているスカウトだから、是非続けてほしい」と考えることは当然だと思うのですが、その「仲間意識」が運動全体を悪くしているのではないかと感じています。

その上で、そんなに気になるいいスカウトならうちの団でやらないか」と引き抜きをすることがスカウトや運動にとっては必要な「自然淘汰の道」なのかもしれないと思い始めています。

私は過去に、様々な理由でつぶれた団を見たり、引き抜かれたリーダーを見たりしてきました。うちの団に引き抜かれたリーダーが来たこともありますし、うちの団のリーダーが他団に引き抜かれてしまったこともあります。うちの団から分封した団が休団し、スカウトを受け入れたこともあります。

もちろん、それらの「遺恨」は長く続いています。「ちきしょーっ」とか思ったことはしょっちゅうですし、「どうしてこの団が続かなかったのだろう?」と不思議に思ったこともありました。

しかし、結果として、それらのことは「自然淘汰」の一つなんだろうと思っています。結果「いい団」「スカウトのためだけを考える形ができている団」が残っているのだと思います。

その意味で私は「スカウトが多い団には学ぶことがある」とは考えていますし、お話しさせていただくときもそのような視点で聞いちゃうことが多いです。(これは私が「広報担当」であることにも起因しているとは思いますが)

しかし、地区スタッフの皆さんが、必ずしもそういった団の指導者・運営者ではないということが、「自然淘汰」を遅らせているのではないかとも思っています。
また、地区での活動は、そのようなことを意識せずに行われていると言うことも感じています。

おそらくスカウトは「自分がその団の活動を楽しいと思っている」かどうかで、参加を判断しているはずですし、楽しい活動なら友達にも一緒に参加させたいと思うはずです。私自身、楽しい活動だと感じてきましたし、友達にも勧めてきました。

と考えれば、きっと「いい団」か「悪い団」かの違いは、「スカウトが決める」はず。結果「スカウトが多いか少ないか」というのは、一つの基準であると思っています。

しかし、地区での活動は、そのような基準で決められてはいない。「ボーイスカウトのあるべき姿」で事業や人選が行われているわけです。

定年がなく、指導者や組織運営者の「適不適」を判断することができない(=基準がない)ボーイスカウトの組織構造では、本来選挙(=市場原理)で組織運営をしていかなければならないのだと思うのです。しかし「仲間意識」からそういう形にはなっていないということだとすると、結局「自然淘汰」は起きないまま、運動全体が没落していくことになるのかなあと思っています。
Posted by 黒澤岳博 at 2008年11月07日 20:07
>ぬまたさん

早稲田ローバーは、かなり特殊な環境であったのかもしれません。

早稲田ローバーは歴代半分以上がスカウト上がりで、違和感なく「スカウト活動」を行ってきました。その活動の中で、「自隊でやってきたことが通じない」と言う経験をしていたと思っています。

その中で「自分たちのやりたいこと」を考えていくと、それが早稲田キャンポリーだったと言う形で自分たちのニーズを実現していきます。

だから、毎年プログラムが大幅に違う。必ず「前年度プログラムの批判」から始まり、「自分たちの世代が主体となってやったキャンポリーが一番面白かった」と自負心を持って行います。逆に、検討の結果戦力不足などで「やりたくても出来なかった世代」も存在します。

早稲田キャンポリーは、実は当時は、次期幹事会を担う「大学2年生」が企画します。例年11月の早稲田祭前後に「キャンポリーをやるかやらないか」を2年生が検討し、3,4年生に「こうやりたい」ということを根回ししていくところから始まります。12月に冬合宿というのを行い、その中で「なぜやりたいのか」「どうやりたいのか」といいった議論が夜を徹して行われます。

自分たちだけで行うのではなく、友団に参加していただいて行うわけですから、そのための準備はかなり詰めて行われ、下見だけで4,5回は行いますし、私たちは開催2日前から現地入りしてました。

私はたまたま数年途絶えていたキャンポリーが復活した直後に入学しましたので、キャンポリーを行うのが当然の世代でしたが、それでも開催するまでに同期と「どうやるか」という議論をそれこそ毎日のように行っていました。

そういう意味では、自分たちの理想の追求が出来ましたが、それでもそれが「参加するスカウトに対して理想なのか」というのは、毎回不安に思っていました。

また、上級生からも「なんのためにやるんだ」というところを毎回厳しく指摘され、「それで、参加するスカウトが楽しいかあ?」と何度も検討させられましたし、学生で時間があるものだから、さんざん議論しました。

これらの議論は結局、「自隊の感覚を乗りこえて、万人に楽しいのはなにか」とスカウトを見ない状況の中から考えていく作業だったのだと今となっては理解しています。学生で時間があったから出来たことだとも思います。あれだけ議論が出来たのはいい経験だったし、そのおかげでいまだに同期や先輩とは強いつながりがあるし。

今、そこまで出来るか、と言うとやっぱり難しいかな。

だけど、自団のスカウトになら「いつものこと」をやればいいんだから、同じクオリティのものが確保できると思っています。


ちなみに、100キロハイクは、黒澤が運営委員長をした当時(3年生だから、21年前)から形の上では東京連盟主催でした。各大学ローバーの渉外担当者が集まって運営し、大会長は東京連盟理事長にお願いしていたはずです。その3年くらい前は担当大学ローバーが運営していました。
Posted by 黒澤岳博 at 2008年11月07日 20:47
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